小型ジェット機でドキドキフライト(西安→敦煌)
居眠りをするろくでなしガイドに連れられ空港へ向かう。いつもはチェックインする前に荷物の整理をして (たとえば水の2Lペットボトルなどは手荷物とするなど)、トランクへ預ける重量を抑えていたのですが、 ガイドの張があれよあれよという間にチェックインの手続きを完了してしまう。手荷物にしようと思っていたミニキャリーバッグも預けてしまう。 そのおかげで荷物重量が16kgオーバー。追加料金約5000円を支払うはめに。 手続きが済んだかと思うと、ガイドの張はさっさと帰ってしまいました(別にいいんですけど)。
それにしても成田で購入したペットボトルに追加料金がかかってしまうとは。。。逆に高いものになってしまいました。でも、やっぱり 飲料水は日本のモノがいいですから。ちゃんと整理をすればよかっただけの話です。 ただ、国際線でないため、料金が少なく不幸中の幸い!これ以後はホテルの体重計を駆使し、 追加料金は払わずに済みました。
座席は左側1人席、右側2人席。全10列。30人乗り。まるで観光バス。 飛行機は一応ジェット機。揺れも大きく無事に到着できることを祈ってました・・・。
ひとりの客室乗務員で機内食や飲み物のなどのお世話をされていました。ご苦労さまです。 そして驚きはコックピットから時折りパイロットが出てきて、 通路を通り飛行機後方にあるトイレに行くこと。 扉の向こうの計器が見えました。
蘭州経由で敦煌へ約3時間半(海南航空HU7531)。
北京とは時差が2時間で着いたらすっかり真っ暗。
最上級3ツ星ホテル・太陽大酒店(敦煌)
この辺りでは最上級3ツ星ホテルに宿泊。しかし、ボロくはないがキレイではない。
別のツアーできている日本人を多く見かける。冬なので多くのホテルが休業中のため、日本人ツアー客が集まっているようです。
ホテルでは両替をしてくれるがレートが悪いため両替せず。
次の日、敦煌のガイド・張さんに相談したところ、街中にある銀行に連れて行ってくれた。敦煌のガイド・張さんはすごくいい人。
世界遺産・莫高窟
古代シルクロードの交通の要所・敦煌の南東にある鳴沙山の東側に位置する世界遺産が莫高窟。 南北1600mにわたり上下5層にわたり、数多くの石窟が掘られ、その中には仏像がいたり、壁画が描かれたりしています。
この石窟の掘削は、西暦366年に始まり、五胡十六国時代から元王朝まで、1500年あまり続けられたようです。 現在では、風や砂などに浸蝕されたもののまだ750の洞窟と3000体あまりの塑像が残っているそうです。 東西の宗教・文化・知識を融合しあう地であるため、仏教に関連するものや、伝統的な神話・伝説を描いたもの、 日常生活を描いたものなど、多岐にわたる壁画が見られます。
莫高窟の中は別のツアーの日本人とともに専門の日本語ガイドがついて案内してくれました。 洞窟内は真っ暗なので日本から持参した懐中電灯を使う(レンタルもあるようです)。 写真撮影が禁止なので、写真はありませんがもっとも感慨深かったのが第17窟。
第17窟は第16窟の壁の奥に封じ込められており(要は隠し部屋)、1900年に発見されました。 その中には4万点とも5万点ともいわれる貴重な仏画や教典、古文書などが手つかずの状態で保存されていたようです。
しかし、いつ頃、誰が、何のために隠すように、それらの物を納めたのか・・・それは今だ謎だとされていますが、 これについては井上靖がその著書「敦煌」で物語としており、またこれを原作とする同名の映画が日中共同で製作されました。
その他、よく覚えているのが257窟。九色鹿本生物語という壁画が描かれている。 因果応報にまつわる深い話です。
九色鹿本生物語あらすじ
ある昔、毛皮が九色に変化する九色鹿が溺れかけている男を助ける。その助けられた男が約束を破り、懸賞金目当てに、 九色鹿のいる場所を国王に密告してしまう。その結果、毒瘤が身体に満ち、口から悪気を出して死んだ。 一方、九色鹿から男に裏切られた経緯を告げられた国王は九色鹿を放した。その結果、その国は栄えた。
莫高窟のそばには展示物のある建物がある。そこにはさまざまな経典などが展示されています。 中でも、驚いたのはその分野が幅広いこと、しかも内容が詳細なこと。食べ物をひとつひとつ紹介している書物もありました。 まるで、現代の百科事典のごとく、詳細に丁寧な字で書かれています。その時代にどんなものを食べていたのか、どんな価値観だったのか、 そういった史実からは分からない日常の生活がイメージできる情報が残っていることに大変感動。
小皿がピラミッド!太陽大酒店に一度戻り昼食
一度、お宿に戻り昼食をいただく。 中国特有なのか、今回のツアー対応なのか分からないが、多彩な料理が小皿で出てくる。 そして、その小皿がピラミッドのごとく重なってくることが多い。 取りやすくするための配慮だと思われるが、われわれにはなかった発想でおもしろい。
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月牙泉・鳴砂山
鳴沙山の麓には約2000年にわたって、絶えることなく湧き続けている泉があります。 形が三日月(中国語で月牙)に似ているため、月牙泉と名づけられたようです。
上の写真が月牙泉。冬だったためか、残念ながら水はほとんど見えませんでした。 鳴沙山は人が登って少々崩れても、下からの風で形が保たれているそうです。
鳴沙山の玄関口からはラクダに乗り換えます。
鳴砂山・月牙泉は主要な観光地で観光客やラクダがたくさんいるようですが、 寒さのおかげか、観光客も少なく独り占め状態。冬のシルクロードはおススメです。
☆初ラクダ記念☆
ジンジンする寒さもコブ毛に手を埋めればホッカホカ!
ハマツコが乗ったコブ毛ぼうぼうラクダ(左)
かっきぃーが乗った出っ歯ラクダ(右)
ちなみに、らくだは往復でひとり30元
段通(絨毯)製作所の見学
宿に帰る途中、段通(絨毯)の製作所に寄りました。
陽気なガイドの張さん曰く、
「敦煌の女の人は勤勉。冬は絨毯作りをします。男の人はすることが無いので、毎日、麻雀ばかりしています。ははー(笑)」
女性の方が手織りでコツコツと大きな絨毯を織っておられました。
西安・敦煌・トルファン・ウルムチ 冬の中国シルクロード
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